業界トップランナー鍋野敬一郎氏コラム第88回「DXプロジェクト事例とERPとの関連について考える、DX&ERP再生~DX成功事例からERPシステムとDX導入成功のポイントを考察する、その6~」をご紹介します。
□はじめに
ERP業界はここ最近活況な状況が続いており、慢性的な技術者不足に加え、さらに優秀なプロマネが枯渇しています。ERPベンダのERPシステム売上は、毎年2桁成長していて、この状況がまだしばらく続くと言われています。2018年9月に経済産業省が公開したDXレポートには、レガシー化したERPシステムが「2025年の崖(2025年問題)」を招くリスクの1つ(SAP ERP保守サポート終了、IT人材不足、最大12兆円/年の事業機会損失など)として言及されています。
さて、今年2025年もそろそろ終わりを迎えますが、トランプ2.0や中国からの高市政権に対するプレッシャーなど厳しい状況が続いています。こうした中で、DX戦略による成長戦略は重要度がさらに高まっています。今回は、事例から外向きのDX戦略とDXに成功した企業がERPシステムをリニューアルしている理由と成功との関わりについて考察します。
ERPシステムが企業変革の基盤である理由と会計偏重ERP導入の問題点
2010年頃に日本企業のERPシステムは大きく導入が伸びました。しかし、日本企業のERPシステム導入は欧米と根本的に違っていて業務プロセスの標準化や業務改革(BPR)を行わず、企業独自の業務プロセスに合わせてERPシステムをアドオン、カスタマイズするという部分最適の導入を行いました。その背景として、企業間の人の流動性が低い(終身雇用制のため)ことが企業ごとの独自性や特殊性をそのまま継続することを望んで、ERPシステムを改変することを求めたためです。また、当時のERPシステムに求めた機能が、経営者のための管理会計であったという理由によります。欧米企業では、企業間の業務プロセスの標準化が進みましたが、日本企業では主に会計領域に限定されてしまいました。ERP研究推進フォーラムの調査結果では、ERPシステムを会計系(財務会計、管理会計、経営管理)で約7割以上が導入していました。しかし、会計系以外では在庫管理、購買管理(調達管理)が約3~4割、販売管理や生産管理については独自開発システムの比率が逆に約3~4割となります。つまり、日本企業では、ERPパッケージを自社基幹システムのパーツとして部分利用しているケースが大半で、欧米のようにERPパッケージに合わせた業務標準化は実現していません。(ERP研究推進フォーラムは、2014年に解散。筆者は当フォーラムの研修委員)
経済産業省のDXレポートでは、導入時にERPパッケージにアドオン、カスタマイズを施して現行業務に沿った独自仕様システムに作り変えていることを「2025年問題」のリスクとして指摘しています。SIベンダは、ERPパッケージの導入だけではなく、その改変と保守運用を担うことで大きな利益を得ています。これが日本企業の基幹システムの維持コストが、IT予算の約8割を占めている理由の1つです。これは、以下の3つのリスクを招きます。
・技術的負債の蓄積:長年のアドオン開発により、システムがブラックボックス化し、変更が困難になる
・ベンダ依存の深刻化:独自カスタマイズにより、特定のSIベンダへの依存度が高まる
・データ分断の発生:部門ごとの個別システムにより、データの一元管理が困難になる
ERPシステムに求める目的は「業務処理機能」なのか、それとも「経営判断情報」なのかという問いかけが、「2025年問題」の本質を物語っています。トランプ大統領の相互関税や世界各地の分断と対立により、ビジネス変化のスピードが加速し不確実性が増している現在、必要なのは正確な情報とその分析能力、そして変化に即応できるリアルタイム基幹システムによる即応性です。古いままのERPシステムや経営指標を使い続けるリスクは、変化に気づいた時には手遅れとなります。これまでとは違った変化を機敏に察知、予測するための先行情報を取得する最も重要なデータが、ERPシステムのデータベースに蓄積されたデータから見つけることが可能です。これが、ERPをリニューアルする真の目的となります。機能要件よりも、予兆データ収集・データ活用によるデータドリブン経営が目指すゴールなのです。外向きのDXは、このデータを活用した売上/収益の拡大です。
DXプロジェクト成功企業に学ぶERP刷新のポイント
ERPをリニューアルする真の目的が、機能よりもデータ活用によるデータドリブン経営であることを先行事例として実現している企業事例は以下となります。
<大企業の事例>
● LIXIL:「Fit to Standard」の徹底によるレガシー脱却
かつてLIXILは、5社統合の経緯から基幹システムが乱立し、複雑な「つぎはぎ」状態(レガシー化)にありました。同社は老朽化したシステムを廃止し、SAPの最新ERPへ統合する際、「Fit to Standard(標準に合わせる)」を徹底し、アドオン開発を原則禁止にしました。この取り組みにより、全世界の在庫や売上データがリアルタイムで「見える化」され、経営判断が高速化しました。さらに重要なのは、IT人材を「守り」から「攻め」へシフトさせることに成功した点です。保守運用に追われていた人材を、新たなデジタル価値創造に振り向けることで、真のDXを実現しています。
● 日清食品ホールディングス:データドリブンな営業活動の実現
日清食品ホールディングスは「NBX(NISSIN Business Transformation)」プロジェクトにより、グループ基幹システムをクラウド型ERPに刷新しました。同時に、スマートフォンで決裁や経費精算ができる環境を構築し、徹底的なペーパーレス化を推進しました。この結果、アナログ業務を排除し、ルーチンワークを自動化したことで、ホワイトカラーの生産性を大幅に向上(200%向上目標)させました。さらに、統合されたデータを基にしたデータドリブンな営業活動が可能になり、市場変化への迅速な対応を実現しています。
● 富士通:「One ERP」によるグローバル統合とAI活用
富士通は「One ERP」プロジェクトにより、グローバル全拠点の基幹システムを統一しました。財務・経理だけでなく、プロジェクト管理やサプライチェーンのデータも統合し、世界中の経営状況を一つのダッシュボードで把握可能にする「One Data」を実現しました。この統合データ基盤により、AIを用いた将来予測が可能になり、グローバル規模での戦略的意思決定を支援しています。自社実践「フジトラ」の成果は、顧客企業への提案力向上にも直結し、DXコンサルティング事業の競争力強化につながっています。

<中堅・中小企業の事例>
●リノメタル:「弁当発注アプリ」から始まった全社改革
金属加工業のリノメタル(福島県)は、DXの入り口として「最も身近な困りごと」の解決から着手しました。その取り組みは、スモールスタート:で総務担当者が毎日苦労していた「昼食の弁当集計」をスマホアプリ化したところから始まります。これで「デジタルは便利だ」という実感を全社員に持たせた上で、基幹システム(ERP)の刷新に着手。リソースの転換: ERP導入で事務作業を大幅に自動化し、空いた人員を「新規開拓営業」へシフトしました。そして、DXへの効果として、売上倍増: 事務員から営業へ転換したスタッフの活躍もあり、売上が倍増(約12億円増)。「デジタルで楽をして、稼ぐ仕事に集中する」風土が定着しました。
●旭鉄工:「100均センサー」で実現したIoT生産革命
旭鉄工では、高額な設備投資なしで自前でIoTなどデータを収集する仕組み「iXacs(アイザックス)」を開発してこれを自社導入、生産性を43%向上させることに成功しました。
自動車部品製造の旭鉄工(愛知県)は、既存の古い機械を買い換えることなく、IoTで生産性を劇的に向上させました。その取り組みの内訳は、手作りIoT: 秋葉原や100円ショップで買える安価なセンサーを自社で組み合わせて、工場の稼働状況(停止時間やサイクルタイム)をリアルタイムで自動収集する仕組み「iXacs(アイザックス)」を構築。データカイゼンの仕組みとして、「機械がいつ止まったか」を秒単位で見える化したことで、具体的な改善(段取り時間の短縮など)が可能となりました。DXの効果として、設備投資の抑制: 既存ラインの能力を極限まで引き出したことで、予定していた数億円規模の設備投資が不要に。労務費も年間4億円削減しています。
●三井屋工業:「隠す」文化を打破した品質データの可視化
自動車内装部品メーカーの三井屋工業(愛知県)は、かつて不良品のデータが現場で隠蔽され、対策が後手に回るという課題を抱えていました。しかし、現在では、不良率を1/10にし、離職率も改善した組織風土改革に成功しています。その取り組みとは、電子日報:タブレットシステム「HiConnex(ハイコネックス)」とウェアラブル端末(Apple Watch)などで紙の日報を廃止し、タブレット入力へ移行。さらにスマートウォッチで異常発生を即座に管理者に通知する仕組みを導入しました。心理的安全性: データを「叱る材料」ではなく「助ける材料」として使うよう管理職の意識を変革して、従業員の意識改革と定着率向上に成功しています。DXの効果としては、劇的な品質向上、不良発生時の状況がリアルタイムで分かるため、即座に対策が打てるようになり、不良率が4.0%→0.4%へ激減しました。離職率低下は、「現場が守られている」という安心感と実感が広がり、離職率も10%→1.6%へと大幅に改善しました。

こうした企業に共通するパターンは以下の通りです。
フェーズ1(基盤整備):会計偏重のレガシーERPシステムの刷新とデータ統合の実現
フェーズ2(連携と可視化):ERPを中心とした周辺システムとの連携強化
フェーズ3(データ高度活用):BIツールやAIによるデータドリブン経営の実装
フェーズ4(ビジネス変革):新たなビジネスモデル創出と競争優位による売上/収益拡大
これらのケースで重要なのは、これらの企業がいずれも経営層の強力なコミットメントの下で、レガシーERPを見直して段階的かつ継続的にERP刷新とDX推進に取り組んでいることです。「急がば回れ」の言葉通り、ERPによる地道な基盤整備こそが、DXという高い建物を建てるための必須条件なのです。日本企業が真にDXで競争力を高めるためには、内向きの業務効率化から脱却し、外向きの成長戦略につながるERPリニューアルを実現する必要があります。これは単なるシステム刷新ではなく、データを武器とした企業変革そのものです。ERPリニューアルは、DX推進の成否を決定づける最重要ファクターです。「ERP基盤なくして変革なし!」この原則を胸に、日本企業の新たな成長戦略を描いていく時が来ていると言えます。る変革だと言えます。いま一度、日本の競争力を高めるためにはDX推進による成功を目指すしかないと思います。
次回は、事例からその詳細について紹介します。
