業界トップランナー鍋野敬一郎氏コラム第92回「ERPとAI技術の活用を考える、商社卸売業編~商社卸売業のAI活用の現状と未来、ノウハウを「デジタル秘伝のタレ」にする戦略~」をご紹介します。
はじめに
日本の輸出入を伴う商い業者(貿易業:トレーディングカンパニー)の商社、小売店向け仲介は卸売業と呼ばれていて、実は微妙に欧米とその業務内容やサービスが違っています。その背景は、日本が明治維新で開国したときに海外の商品を国内向けに扱う業務や国産品を海外市場と取引する貿易会社の存在があります。もちろん欧米にも商社や卸売は存在するのですが、日本は島国なのでまず船などによる物流が前提となります。さらに、欧米列強国との格差が大きいため国からの支援を得て取引をする必要がありました。つまり財閥系と言われる大手資本が、産官共同で海外市場と商売する仕組みが大前提となっていました。国内の製造業と言っても、当時は絹織物や陶器などが輸出品目で機械や船舶などは輸入に頼っていました。調達先の開拓や販売先の顧客獲得はそれぞれ独自の商流として秘匿されていました。何が言いたいかというと、製造業よりも商社卸売業は個人や組織の暗黙知による事業活動の比率が高いと言えるのです。
AI技術の活用というと、分かりやすいのが製造業の生産技術や設備の故障検知(予知保全)なのですが、商社卸売業では仕入先や顧客情報といった取引に直結するノウハウをAIで取り扱うケースが増えています。AI導入事例を探してみると、大手総合商社の事例は比較的見つけやすいのですが、中堅規模以下の事例を見つけるのは難しいのです。ERP導入でも販売管理の見積計算や取引条件が複雑で論理的な構成が説明されていないケースが多く、ましてや個人のノウハウや取引経緯が属人化している商社卸売業では社内でも公開されない情報が多数あります。CRM導入において、顧客関連情報の基本情報以外はマスタや取引履歴に詳細な記載がほとんど無いということに気づかれているIT関係者の方も多いと思います。つまり、このブラックボックスになっている情報が、商社卸売業で個人が持つ『秘伝のタレ』ということになります。製造業の製造ノウハウは、ERPやMESなどシステムに蓄積されたデータから、ノウハウが形式知化、共有が進められつつあります。これは、人手不足や技術継承の危機感からくるものですが、商社卸売業においては、まだこうした危機感が表面化していないようです。今回は、商社卸売業におけるAI導入をテーマとして、その『秘伝のタレ』のデジタル化とAI導入について考察します。
企業規模・業種、欧米企業と日本企業で異なる生成AI活用の主な違いとは
AI導入については、既にほぼ全ての業種で着実に広がっています。しかし、導入が進んでいるのは大企業で43.3%と普及していますが、中小企業は23.4%と大企業より明らかに低い状況です。積極的にAI活用に取り組む大企業と、導入を悩んでいる中小企業で明らかに格差が広がっています。業種による違いについては、情報通信業、金融・保険業などで特に高く、逆に宿泊業・飲食店、医療・福祉などが低いようです。さらに、同じ業務でもアメリカと日本では生成AI活用に明確な格差があることが分かります。
商社卸売業では、特に大手の総合商社や大企業におけるAI導入比率が高く全社導入されています。図表4の通りエージェントAIについて大手商社の導入状況を公開されている情報より比較表を作成したところ、主に業務効率化、作業工数削減などで幅広く導入されていることが分かります。また、その効果も全社導入していることでスケールメリットが出ています。また、生成AIは議事録作成、文書作成、情報検索やQA対応といったオフィス業務で当然のように導入・活用されています。こうした業務は、他社との差別化ポイントではなく工数削減やコスト抑制なのである程度普及すればそこで効果は落ち着くと予想されます。ここまでは、どの企業でも出来るレベルのAI導入です。
例えば、双日では農業DXの領域でAI活用(衛星画像解析で穀物収穫量予測)しています。豊田通商では製造現場の暗黙知継承AIといった、個人が持つブラックボックス化した専門領域へ先進的な導入を進めています。これが、目指すべき他社との差別化、価値を生むAI活用だと考えられます。つまり、バックオフィス業務へのAI導入が一巡すると、今後は専門領域や事業創出・競争力強化を狙った内容へ進むと考えられ、独自のナレッジ、独自のデータを活用したAI活用こそが本命だと言えます。筆者はこれを『デジタル化した秘伝のタレ』と呼んでいます。



中小企業のAI導入はバックオフィス系より、攻めのAIサービスにチャンスあり
中堅中小規模の商社卸業について、エージェントAI導入状況を調査したところ大手総合商社と比較すると公開情報が明らかに少ないことが分かりました。これは中小企業の導入が大手より少ないことがあげられますが、生成AIの普及が確実に広がっていることから、独自の強みをAI導入で強化する取り組みは確実に増えています。具体的には、生成AIよりもエージェントAI導入による事例で見つけることができます。その理由は、エージェントAI導入の目的が他社との差別化や顧客向けソリューションの手段として利用されるケースが多いことによります。また、こうした独自の強みのAI活用は、大手総合商社よりも中小企業の方がテーマを絞り込み易く、AIサービス化に成功すれば一気に市場を席捲することが出来ると思います。しかし、中小企業はその企業規模やIT人材、リソースなどに制約があるため特有の課題があります。以下にその主な例をあげます。
・IT人材不足:専門的なAIエンジニアを内製できず、ベンダー任せになりがち
・セキュリティ懸念:顧客情報・取引データのクラウドAI利用に慎重
・ROI可視化の困難:業務時間削減は実感できても財務インパクトの測定が難しい
・業務の多様性:受発注・在庫・営業・事務と多種な業務がありムラがでやすい
・スモールスタートの限界:PoC後の全社展開に失敗して、局所的利用になりがち
など
つまり、中小企業はエージェントAI導入をコスト削減や効率化ではなく、攻めのサービス提供を狙った先行投資と意識を変える必要があります。主導すべきは事業部門やDX推進部門で、そのROIは事業の成長戦略や新規製品・新規サービスの提供となります。
さて、多くの企業でマイクロソフト社のCopilotまたは、オープンAI社のChatGPTの導入利用が進んでいますが、AI製品を複数導入している企業は少なく偏っています。また、そのAI製品も全社導入されていないため部門や部署で導入格差が出やすい傾向が見られます。AIベンダーやコンサルタントなどは複数AIの使い分けを推奨しているのですが、これはAI導入をコストと考えているケースが多いことによります。また、IT部門がコスト削減や効率化といった効果に固執することもあげられます。さらに、AIベンダー・AI製品ごとの競争は日々激化していて、目的や用途によって導入効果に明らかな違いがあるため最適な製品を見極めるのが難しいという理由もあります。つまり、現時点で1つのAIベンダー・AI製品を選ぶのはリスクだと言えるでしょう。(ちなみに、2026年4月現在で筆者はClaude、Gemini、Gensparkをメインとして有償利用、Perplexity、Grokなど複数AIをお試し利用)
中堅中小規模の専門商社卸売業のエージェントAI導入は、2026年~2027年にかけて急速に加速すると予想されます。これは、AI製品の進化と競争によることもありますがそれ以上に自社の業務特有のノウハウをAI化して顧客へのサービスとして価値提供して売り上げ拡大が期待されるためです。東京エレクトロンデバイス社(TED)では、「Falcon Auto Prompt:製品サポート特化型AIソリューション、製造装置のトラブル情報を自動収集→AIが障害状況を要約→解決策を提示→対応履歴を可視化までの一連処理」導入によってトラブル対応時間の大幅短縮を実現しています。これを導入することで、顧客企業の設備のダウンタイムを削減できます。熟練技術者のノウハウをデジタル化、AIサービスとしてソリューション化したサービスです。独自のデータやノウハウを、AIサービスとしてお客様向けのソリューションは、今後は企業ごとに独自データとノウハウを強みとしたお客様向けソリューションが進むと予想されます。商社卸売業については、効率化や作業工数削減が一巡して、差別化するのは個人のナレッジをデジタル化したAI活用になると思われます。


今回は、商社卸売業のAI導入について先行する大手総合商社から、中堅規模の専門商社や卸売業の独自のAIソリューションについてご紹介しました。これまでは、属人化やブラックボックスと呼ばれていた個人のノウハウですが、これをデジタル化して共有ナレッジとしてサービス提供する取り組みが必要となります。す。
