業界トップランナー鍋野敬一郎氏コラム第94回「ERPとMES/PLMのデータをAI Readyにして10年先の成長戦略を描く~ERPとMES/PLMの業務データを次世代ものづくりの足掛かりとする~」をご紹介します。
はじめに
米国はこの7月に建国250周年を迎えますが、トランプ大統領によるイラン戦争は終結が見えず、米中トップ会談は米国製品の売込みだけに終わり、米国内における政治的・経済的な分断が加速していて国内外ともに混迷しているように感じます。
日本国内は高市首相のもとに、米中対応それぞれに様々な課題はあるものの政治と経済は安定しています。この国の製造業は半導体関連とAI関連が突出している反面、化学産業、素材産業などの業界は厳しい状況にあります。日経平均の数字は連日高値を更新していますが、その内訳はAI関連や半導体関連がけん引していて、現実とは乖離しているように思います。
また、同じ業界でも、業績が好調な企業と低迷している企業の二極化が進んでいます。こうした状況を打開する手段としてAIに期待する声は高まるばかりですが、当然その弊害もあります。先日、筆者が参加しているSAPの米国ユーザー会の年次総会では、次の3つの課題について議論されたそうです。
1つは、旧ERP製品の保守期限切れによる移行「2025年の崖(2027年問題)」。
2つは、ERPのデータを他システムやAIと連携するAPIに課金される懸念があること。
3つが、AI利用コストが予算をオーバーすることです。生成AIなどは、使えば便利で効果があるのは間違いないのですが、これが売上や利益を直接的に増やす訳ではありません。つまり、AIを使えば使うほどコストが増えて、あっという間に予算をオーバーしてしまうという現実に多くのユーザー企業が直面しています。とは言え、AIを使わないとライバル会社との競争に負けてしまうという危機感もあってAI利用を抑制することも難しいようです。
さて、今回は、製造業を対象として、先行する企業を参考に、この先10年を見据えたロードマップとAI活用で勝ち抜けるための成長戦略についてご紹介します。
■業務標準化で『AI Ready』のデータ整備、統合データ基盤を構築する
現状日本の製造業は、個別最適や属人化による「サイロ化・分断」がDXの大きな足かせとなっています。欧米企業や中国・アジア新興国が経営主導のトップダウンでパッケージソフトやSaaS導入による業務標準化「フィット・トゥー・スタンダード」(標準機能に合わせた業務)を推し進めたのに対して、日本ではパッケージソフトやSaaSの標準機能に自社の業務プロセスを合わせる「フィット・トゥー・ギャップ」(標準機能をカスタムして個別業務に寄せる)考え方が根強く残っています。日本特有の商習慣や現場の「匠の技」に合わせてシステムを個別にカスタム開発してきた結果、部門や工場ごとにシステムが孤立し、システム間のデータ連携はCSV出力や人手によるExcel転記が蔓延する継ぎ接ぎシステムとなっています。これは、システムや紙帳票・Excelごとにマスタやコードがバラバラでデータ活用する都度に手作業でデータ変換しなければならない状況を招いています。つまり、AI活用によるデータの信頼性が低いという事態を招いています。製造業においては、品目コードやマスタがシステムや管理要件ごとにバラバラであるため、寄せ集めたデータをAI解析した結果に影響する状況です。この状況を打開するためには、AIがいつでも即時にデータを読み込める状況にする必要があります。この解決策として、各システムの品目コードやマスタを読み替えるライブラリーと、各システムからの一次データをいったんクラウドへ移行してこれをAIが使えるデータへ自動変換してデータの整理・正規化を行います。これをデータレイクハウスと呼びます。この状態を整えれば、欲しい時に欲しいデータをAI解析できる『AIレディー:AI Ready』が整います。
こうしたデジタル化(標準システム導入)とコード統一/マスタ統合から始めることで、必要なデータを即時に利用する環境が整います。AIによるデータ活用の手間と時間は、この事前のデータ処理・データ変換がその7~9割程度を占めているため、データレイクハウスの整備によって圧倒的な処理スピードを得ることが出来ます。さてここで、自社の強みとなる領域のシステム化とデータ管理、AI活用について考える必要があります。会計や在庫管理、物流管理などバックオフィス系の業務は、業務標準化によって外部へ業務をアウトソーシングすることが可能となります。つまり、他社と差別化しない領域です。マーケティングや販売管理、生産管理や調達管理など固有のノウハウや強みがある領域はこれとは切り離したシステム、データ管理・収集が必要となります。DXの狙いは、まさに同じデジタル化を推進する上で、他社との差別化や企業価値を高める領域を強化する役割を担います。

■10年先のロードマップを策定して『AI Ready』から『オートノマスファクトリー』へ
日本の製造業が、次の10年間で競争力を伸ばす鍵は、欧米や中国が目指すヒューマノイドロボットなどを導入する「無人工場」や「ダークファクトリー」ではないと思います。しかし、前述した通りAI導入による効果は最大限生かすべきであり、日本流のAI活用を狙うことと、そのための土台を整える必要があると考えます。日本の現場には2D図面文化、設計と製造のデータ断絶、マルチCADの乱立、品目コード不統一が残っており、これが「Not AI Ready」の本質です。生成AIもフィジカルAIも、学習に使える3D・工程・品目の整ったデータがなければ力を発揮できません。つまり勝負は、派手なAI導入の前段にある標準化、コード統一、PLMを核としたデジタルスレッドをしっかり整備するところで決まると考察できます。

欧米企業は、業務標準化やパッケージシステム/SaaS導入などより、「フィット・トゥー・スタンダード」の業務データを収集・蓄積・活用する足場がほぼ構築されつつあります。しかし、固有のノウハウや熟練技術者によるナレッジが十分では無いためシミュレーション技術で不足する経験を補う仕組みを利用する構成になっています。これがフィジカルAIの基本構造ですが、日本企業では熟練技術者「匠」が固有のノウハウ、ナレッジを持っていて、これとシミュレーション結果を突合して、より正確で確実性の高い答えを導き出すことが出来ます。50年分の経験と知識の蓄積を生かすことが可能であり、筆者はこれを「秘伝のタレのデジタル化」と呼んでいます。しかし、このナレッジは属人化しているケースが多いため、これを組織が使える形式知、AIナレッジに変換する必要があります。つまり、日本企業における『AI Ready』のためのデータ基盤を整える必要があります。また、深刻なのは、日本の製造現場の強みであった熟練技術者のノウハウ(カン・コツ)が言語化されず、現場の「暗黙知」のまま放置されている点です。61.8%の製造業が「指導する人材が不足」、46.1%が「人材育成に時間がない」と回答(2024年版ものづくり白書)している中で、団塊世代を含めたベテランの退職に伴う「技能継承の断絶」は、企業の存亡に直結する最大の構造的課題(ナレッジ失踪リスク)となっています。
日本の製造業が、この先10年間で勝ち残るためには次の「7つの成功条件」に早急に取り組む必要があります。
①経営者が「ナレッジ経営」を宣言する
②品目コード統一から始める(いますぐ、出来るだけ早く!)
③スモールスタートでPoCを積み重ねる
④クラウドシステム(ERP/PLM/MES)の標準機能データを最大活用する
⑤生成AIを使って熟練技術者から暗黙知を引き出してデジタル化する
⑥製品設計時に「データ収集の仕掛け」を組み込んでデータ活用を促進する
⑦自社だけで孤立せずに、他企業や業界団体と連合して連携基盤、エコシステムを作る


さて今回から製造業の成長戦略について、日本企業の強みを生かした欧米や中国とは一味違ったAI活用についての話をはじめました。次回以降、先行事例やその取り組みのポイント、小さく始めて一気に成長させる戦略などについて出来るだけ具体的にご紹介して行きたいと思います。
以上
